王室研究会連合活動記録

大学連合サークル、王室研究会の日々の活動を綴ります。

皇韻を探る#3 伏見天皇御宸筆を見る 鎌倉/円覚寺山門

こんにちは。王室研究会統轄部長の藤原です。

 

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ここでは

  1. 初代神武天皇の子孫である皇胤の研究
  2. その皇胤たちが残した余韻をめぐる旅

をお送りしていきたいと思います。

 

天皇ももちろん皇胤に当たります。このシリーズで天皇を扱う場合はその詳細をすでにシリーズ化されている「天皇陵制覇の道」に任せます。

 

今回は

伏見天皇御宸筆を見る

です!

 

それでは参りましょう。

 

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鎌倉です。

鎌倉編が続いていますがしばしお付き合いください笑。

鎌倉にはなぜ皇胤の痕跡が多いのか。

”武士の都”には所々に京の風を感じることがあります。

武士たちは憧れの西地を見様見真似で再現していました。

鶴岡八幡宮を内裏に見立て、若宮大路朱雀大路にしました。

鎌倉は今でもその匂いを辿ることができます。

 

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北鎌倉に構える円覚寺山門

 

北鎌倉に移動してきました。

この地はもともと鎌倉の内部ではありませんでした。

北条氏の邸宅が置かれるようになって後に繁栄の道を辿ります。

円覚寺には巨大な塔があったりと山を背後にして壮麗な風景が広がっていたそうです。

今はその面影もありません。

鎌倉は世界遺産への登録を目指しています。

鎌倉が世界遺産になるチャンスはありました。

しかし、見送られます。

鎌倉が現在残している風景はその大半を近世、近代になって再建されたものでした。

私個人としては、鎌倉が日本に与えたその文化や世界に誇るの故郷という面からも登録に値するのではないかと思います。

問題は私たち日本人が鎌倉の魅力を自認することですね。

 

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円覚寺 総門

さて、北鎌倉は山内谷です。

扇ヶ谷上杉氏山内上杉氏

室町時代になって関東管領の対立がありました。

その由来にもなった場所ですね。

そんな北鎌倉駅からすぐの場所に円覚寺は構えています。

円覚寺は開基を8代執権北条時宗とし、開山を宗からの来朝者無学祖元としています。

室町時代に整備された五山十刹の制度の中で鎌倉五山第2位とされました。

第1位は隣の建長寺ですね。

両者ともに臨済宗の大宗派を築いています。

「皇韻を探る」第1回の用堂女王編の東慶寺臨済宗円覚寺派の寺院です。 

oushitsukennkyu.hatenablog.jp

 

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円覚寺 山門

夏の葉の中に山門が見えます。

蒼穹を後にひきそれに向かって伸びる階に目を奪われます。

この山門は円覚寺中興・大用国師誠拙周樗禅師による再建です。

天明5年(1785年)のことでした。

 

いよいよ本題です。

この山門にかけられた額には

円覚寺興聖禅師」の字が見えます。

第92代伏見天皇による御宸筆です。

 

*ここで一応の確認ですが、宸筆とは天皇自らの筆跡を指します。高貴な身分にある方は公式書類は臣下に書かせることが一般でした。

 

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伏見天皇宸筆「圓覚寺興聖禅寺」

伏見天皇持明院統から即位した第92代天皇です。

天皇の時代には大覚寺統との関係悪化が極まりました。

伏見天皇暗殺未遂事件がそれを最も表しています。

天皇は女装して逃亡を図ったと伝えられています。

伏見天皇についての詳細は下記をご覧いただければ幸いです。 

oushitsukennkyu.hatenablog.jp

 

山門は再建ですがその額は継承され現在の円覚寺に花を添えています。

 

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紅葉に染まる円覚寺参道

国宝の舎利殿は年に数回ほどの公開があるのみです。

花頭窓があしらえられた姿を教科書で見た人も多いのではないのでしょうか。

仏殿に安置された本尊「宝冠釈迦如来」の御前には今上陛下の即位を祝う塔婆が置かれていました。

仏教も神道も心はひとつ、ということですね。

 

おわりに

北鎌倉、円覚寺に残る皇胤の余韻。

時の権力者たちは一様にして皇室の権威を求めていきました。

それは悪く言えば利用されていたのかもしれません。

しかしその権威に縋るしかなかったとも言えます。

 

鎌倉にはまだまだ皇韻が漂っています。

いづれはそのすべてに浸りたい所存です。

 

王室研究会統轄部長 藤原