王室研究会連合活動記録

大学連合サークル、王室研究会の日々の活動を綴ります。

オマーン国王崩御 中東の安定を寄与

こんにちは。王室研究会です。

悲しいニュースが飛び込んできました。荒れる中東に位置するオマーン国、国王陛下であられるカーブース・ビン・サイード国王が崩御あそばされました。

謹んでお悔やみ申し上げます。

今回は、我がサークルの欧州王室担当兼広報担当による文責です。

以下に続きます。

 

オマーン国崩御される

 2020年1月10日、中東のアラビア半島の国であるオマーンでカーブース・ビン・サイード国王が崩御された。79歳であった。国王は近年癌を患っており、先月にはベルギーで療養されており、同国で治療も受けられる予定でもあったが、母国で亡くなることをお望みになり帰国された。死因や療養については詳しい情報が入ってこないため、憶測も入る。カーブース国王は1970年に即位されて以来、50年近くオマーンをお治めになった(オマーン絶対君主制)が、その人生は波乱に満ちたものであった。

 国王は1940年にオマーン南部サラーラにてお生まれになり、青年期にはイギリスの陸軍士官学校へと留学された。1966年に帰国された際に父王サイード・ビン・タイムールによってサラーラの宮殿で軟禁状態に置かれるも、1970年にクーデターを起こして父王を追放し、国王に即位された。当時のオマーン鎖国状態で国内のインフラも不十分で、豊かというにはほど遠い状態であったが、カーブース国王の一連の改革によってオマーンは経済的に豊かになった。2011年に発生した「アラブの春」では反政府デモに見舞われたが、雇用創出や汚職をした官僚の罷免などの改革を行い、デモを収束させて持ちこたえた。
 また、外交面では非同盟中立を掲げ、シーア派でもスンナ派でもない他宗派に穏健なイバード派の立場を利用して周辺国と良好な関係を築き、ほかの湾岸諸国と違って国交のないイスラエルとも会談を行い、イランとも良好関係を築かれた。こうした一連の外交政策によってオマーンアメリカとイランを中心になされたイラン核合意での交渉の調整役を担い、合意に至ることに貢献した。
 国王は従妹と結婚されていたが離婚後は独身を貫かれているのでご子孫はおらず、後継者を公式に指名されていなかったが、国王のいとこであるハイサム遺産文化相が新国王即位を宣誓された。カーブース国王が築かれたオマーンの基盤を新国王がどう受け継がれるかが気になるところである。(菅間)

 

最近は緊張状態がいまだに解けない中東地域。

そこに、その安定に寄与した国王陛下が崩御されました。

何かの因果となっていくのか。

いずれにしても、王室研究会連合は世界中の王室と我が国の皇室の弥栄を祈願するのみです。

 

王室研究会 代表