王室研究会連合活動記録

大学連合サークル、王室研究会の日々の活動を綴ります。

第122代明治天皇「伏見桃山陵」 〜天皇陵制覇の道〜

こんにちは。王室研究会です。

今日からシリーズ記事、

天皇陵制覇の道」

を始めさせていただきます。

 

藤原が奉拝した天皇陵を"訪ねた順"で紹介していきます。

 

では、「天皇陵制覇の道」始まります。

 

京都市伏見区にある「伏見桃山陵」は1912年に明治天皇崩御されてよりこの地に築造されました。

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京都市伏見区にある「伏見桃山陵」は1912年に明治天皇崩御されてよりこの地に築造されました。

鬱蒼とした森林の中に玉砂利の色が映えて大変美しいです。

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玉砂利の先導する山道を進んでいくと開けた場所に出ます。そこに、天高く伸びる階段があります。

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明治天皇に関しては語るべきことが多すぎるためここでは御陵の沿革のみを記します。

 

墳形は「上円下方墳」

近現代の天皇陵皇后陵は共通してこの形です。

鳥居の向こう側は一般人は入ることはできません。

 

綺麗に手入れされた木木が御陵の威厳を放っています。

 

伏見桃山の頂上に造られたこの御陵は近隣住民の方の憩いの場ともなっているようです。

 

さて、この明治天皇は遺勅として伏見桃山に埋葬することを望みました。

大喪の礼は復古調の神道式で催されます。

当時の様子を夏目漱石などの文豪も記録に残しています。

現在の神宮外苑で行われ、列車で京都までご遺体を運びました。

 

今のところ、京都の土に葬られた最後の天皇です。

 

明治天皇 御名:睦仁 幼名:祐宮(さちのみや) お印:永

在位:1867年2月13日〈慶応3年1月9日〉- 1912年〈明治45年/大正元年〉7月30日)

 

孝明天皇崩御を受けて践祚

近代日本建国の象徴として「大帝」と称される。

 

王室研究会統轄 藤原